借りるも貸すも、人だから。〜家賃滞納・人情解決編〜

私のコラムは、たいてい社長の話から生まれる。
相続や契約関係など、難しくもためになる話が多いけれど、
「ああ、やっぱり人間同士の仕事なんだなあ」と思える、人間味あふれるエピソードもたくさんある。

今回語るのは、その中のひとつ。
社長が“人情”で解決に導いた、とある家賃滞納事件のおはなし。

「明神くん、家賃が半年以上入ってへんねん」

家主からの突然の連絡に、社長は思わず耳を疑ったらしい。
なぜなら、二年前に入居したのは、ご夫婦と小さなお子さん。社長が直々に対応して契約を結んだ、幸せそうな家族だったからだ。
すぐに契約主である旦那さんに連絡したが不在。
続いて連絡した奥さんの携帯はすぐ繋がったので経緯を説明すると……電話口から返ってきたのは、どこか温度のない声だった。

「わかりました。伝えておきます」

簡素な返答と共に電話は切れ……結局、旦那さんから連絡があったのは、その数日後のことだった。

「すみません。家賃、払えてなくて」

開幕一番、電話越しの謝罪。
顔こそ見えないが、声だけでもわかるほど、彼は疲れ切っているようだった。

「なにかあったんですか?」

問いかければ、息を詰まらせる音ののち沈黙が訪れる。
言い訳を並べ立てる様子はなかった。簡単には口に出せないことがあったのかもしれない。ならばそれを言葉にするには、相当な覚悟がいるのだろう。
ならばと、催促することなく黙って待っていると……長い沈黙のあと、彼はようやく口を開いた。

「離婚、したんです」

彼の話によると、家族と離れてしばらく経ち、いまはあの家で一人暮らしをしているという。
生活の立て直しが思うようにいかず、家賃が後回しになってしまったらしい。

この時点で、多くの管理会社なら、淡々と退去を勧めていたかもしれない。
そもそも、借りているのはファミリー向けだ。都心から離れているため家賃は破格だが、それでもシングル向けマンションに移ればさらに安く済む。
けれど、社長はこう問いかけた。

「あなたは、あの家に住み続けたいですか? それとも、出ていきたいですか」
「………………」
「決めるのはあなたです。まずは、どうしたいのかを聞かせてください」

彼は、一度目を閉じたあと……。
言葉を噛みしめるように、決意を込めた声で言った。

「ここで、頑張りたいです」

社長は頷くと、

「じゃあ、とにかく一度会いましょう。その時に守ってほしいことがあります」
「守ってほしいこと、ですか?」
「必ず時間通りに来ること。そして、家賃一か月分を持参すること。それができるなら、僕はその誠意をもって家主さんと交渉します」

そうして、きたる日。
彼は約束通りの時間に現れた。
家賃一か月分のお金を、しっかりと握りしめて。

そこから、彼と社長は膝を突きあわせ、今後に向けた話し合いをはじめた。
半年分の滞納を、いきなり全額返すのは到底無理だろう。
そこで、元の家賃に加えて、彼の生活状況で払えるギリギリの金額である3万円を滞納分の返済にまわす形で交渉し──
結果、家主はその内容で契約続行を了承してくれた。

「手放したくなかったんです。滞納しておいて、言えたことではないですけど」
「いろんな思い出があるんです。だから……本当に、ありがとうございます」

報告の際、彼はそう言って深く頭をさげた。
貸す側に物件への思い入れがあるように、借りる側も、過ごした分だけ思い入れが生まれるのだろう。
顔をあげた彼は、どこか安心したような……覚悟を決めたような表情をしていた。

「あれから一年。毎月欠かさずに払い続けてるわ。人間って追い詰めたら終わりやけど、寄り添えば変わるんやな」

社長の話はそうして締めくくられた。
あっけらかんとした関西親父の物言いではあるものの、眼差しには優しさが滲んでいる。

「でも、よく妥協点を見つけてあげようって思いましたよね」

私はPCキーボードから手を離すと首を傾げた。

「そんな人、退去させるのが普通じゃないんですか? 大家さんだって、よく了承してくれましたよね」
「まあ、もともと優しい人やからね。借主さんも若かったし、『明神くんがそこまで言うなら寄り添ってあげようか』って言うてくれたんよ。それに……住み続けたいって思う気持ちも、わかったんかもしれへんな」
「なんでですか?」

問いかければ、社長は愉快そうに笑った。

「俺もそうやけど……その家主さんもバツイチなんや」

……なるほど。
つくづく、人の縁って不思議なものだ。

きっと、誰か一人でも違えば、この話のオチは変わっていたんだろう。
甘いと笑う人もいるかもしれない。
それでも、半年も滞納していた人が、今は約束を守って暮らせるようになったのは事実だ。

“人情”って、今どき少し古臭く聞こえるかもしれない。
でもそれはきっと、ただの甘さではなくて。
一度道を間違えた人が自分の足で再出発できるように、一緒に方法を探して寄り添い見守ることで……それこそが、本当の意味で「人を助ける」方法なんだろう。

「結局、借りるも貸すも、人なんですねえ」

しみじみ呟く私を見て、「その通り」と社長は笑った。

「だから俺は、この仕事が好きなんや」

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